【心の治療日記】13.心と現状

心と体

気分の波は大きく上下しながら、穏やかに下降し、底へと向かっている。

彼と別れたことは単なるきっかけに過ぎず、今ではもう、それとは独立して心の病が私を蝕んでいる。

彼への執着が断ち切れたかどうかはもはやどうでもいい。

執着を断ち切らず、彼を思い続けたまま幸せになってもいいし、執着を断ち切っても不幸なる場合もある。

私の場合、執着を断ち切っても、一度押されてしまった鬱へのスイッチがどうにも元に戻らない。

もはや現状とと心の状態は関係がなくなっている。

つまり、現状が良くなっても鬱状態は元には戻らないだろう。

不安感も悲しさもソワソワも、理由はあくまでも後付けにしかすぎない。

気の持ち用がそうさせているのでもない。気の持ちようで幸せな気分になれるなら精神科は要らない。

それが、気分循環性障害の特徴なのだと思う。過ぎた辛い感情をいつまでも持ち続ける必要はないのに、気分を変えることができない。

たぶん、みんなが無意識のうちにできているそのやり方がわからないんだと思う。

ちなみに私は鬱状態になっても前向きだ。幸せを願う気持ちを怠らないし、そのときできる限りの努力をしている。

それでもやはり、気分は落ち込む。インフルエンザや癌のように、自分ではコントロールのできない領域でそれは動いていく。

それでも気分の波が少し上向くときもあり、そんなときにはイメージワークをしている。

静かな部屋の中で自分に集中し、イメージをする。

今までの私がいる。信じた人から裏切られ、粗末な別れ方で傷つき、自尊心がすっかり低くなった自分がいる。どんよりと暗く、地面にへばりついたヘドロのようになった自分だ。

私は恋愛に依存し、寄り添う人を常に求めている。いつも心は欠けていて、そこに誰かのカケラが繋ぎ合わさるのを待っている。

でも、本当にそうなのだろうか?私の心は欠けているのだろうか。

もしも、私は私1人で完全な存在だったら?

そんな思考のエッジを超えてみる。

エッジを超えるとそこには乗り越えた先の未来の私がいる。

未来の私はどんなイメージだろう…

私はイメージの中に吸い込まれていく。

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